2001年分
2001年
2001.11.19イベントサポーター・スタッフ合同反省会/笠松町商工会創立40周年/視察研修/2001.11.05 笠松町福祉大会/2001.11.04 笠松町美術展/2001.11.04 岐南中学/2001.11.01笠松町遺族会秋季戦没者追悼法要/2001.11.01コスモス畑/2001.10.29濃尾大震災/2001.10.20〜21 リバーサイドカーニバル/2001.10.17 老人レクレーション大会/2001.10.14第十二回花柳之波津舞踊会/2001.10.07町民大運動会/2001.9.23 笠松町防災訓練/敬老会/明治初期における小学校の開業と展開/わいわいフォーラムU/パソコン/元気なふるさとITADORI2001夏まつり/かさまつ川祭り/明治からの教育文化史/かさまつまちづくりイベントサポーター会議/ファミリーコンサート2001.06.13/町内会長会議2001.06.27/木版画展/議員総会2001.06.13/笠松清流太鼓/地方自治研究会2001.06.10/イベント実行委員会/2001卒業式/成人式/もちつき
2000年
2001.11.19 イベントサポーター・スタッフ合同反省会
イベントサポーター・スタッフ合同反省会が行われそこでサポーター・スタッフ、会場内のお客さん、出店者、の皆さんに対して実施されました、アンケート結果の報告がありました。出来るだけ、町民の皆さんと同じ感覚を持って頂こうと思い会場内でのアンケート結果を報告します。また、抽選券の回収状況も報告したいと思います。
リバーサイドカーニバル2001会場内アンケート結果《アンケート枚数150枚》
質問1 今回のイベントを全般的に見てどう評価されますか。
150人中
1. | 成功だと思う。 | 82人 | 54.7% |
2. | まずまず成功だと思う。 | 52人 | 34.7% |
3. | どちらとも言えない。 | 15人 | 10.0% |
4. | 失敗だと思う。 | ||
未回答 | 1人 | 0.6% |
質問2 今回のイベントのPRについて、お尋ねします。 150人中
1. | PRできていた。 | 84人 | 56.0% |
2. | まずまずPRできていた。 | 47人 | 31.3% |
3. | PR不足である。 | 18人 | 12.0% |
未回答 | 1人 | 0.7% |
質問3 リバーサイドカーニバルは継続したほうが良いと思いますか。 150人中
1. | 継続したほうが良い。 | 143人 | 95.3% |
2. | 形を変えて継続したほうが良い。 | 3人 | 2.0% |
3. | 今回で止めたほうが良い。 (理由・人気タレント等を呼んでほしい。ステージ中心になってないから) |
1人 | 0.7% |
未回答 | 3人 | 2.0% |
質問4 開催時期についてお聞きします。 150人中
1. | 今回と同時期で良い。 | 137人 | 91.3% |
2. | 開催時期を変えた方が良い。 時期 ・春4人 ・川まつりと同じ3人 ・11月頃1人 ・10月集中では無理1人 分からない1人 |
10人 | 6.7% |
未回答 | 3人 | 2.0% |
質問5 過去9回のイベントは、土曜日の前夜祭、日曜日の本イベントという構成で開催しました。そこで、開催日数についてお尋ねします。
150人中
1. | 今回と同様で良い。 | 113人 | 75.4% |
2. | 日曜日の1目だけにした方が良い。 | 26人 | 17.3% |
3. | 土・日曜日の2日間にした方が良い。 | 9人 | 6.0% |
4. | その他 | ||
未回答 | 2人 | 1.3% |
質問6 今回のイベントは、笠松港公園を会場に開催しました。そこで、会場についてお尋ねします。 150人中
1. | 笠松港公園は、イベント会場として適していた。 | 147人 | 98,0% |
2. | 場所を変えた方が良い。 | 2人 | 1.3% |
未回答 | 1人 | 0.7% |
質問7 今回のイベントで、お気付きになられた点を何なりとお書きください。
区分 意見・反省等
◎会場構成
・会場の近くに駐車場があったら良い。(羽島方面から来ると不便である。)
・会場の入口が分かりにくい事と、案内表示を大きくしてほしい。
・トイレ入口の段差があり、使用しにくい。又、手洗をもっとつけてほしい。
・昨年と配置が変わっていてゲーム券売り場とか探してうろうろしてしまった。どこに何があるか大きな看板等で分かるようにしたらどうか。
・会場が広くなりバラバラになったかんじがする。
・昨年より会場が広くて良い。
・テントの設置場所を毎年変更してはどうか。会場が中心地のわりには人の集まりが良く隅の方は人の参加が少なく手持ちぶたさである。(運営をボランティアで行ってはどうか)
・昨年と比べ会場が広いだけ前年の方が良かった。
・トイレの設置個所をふやしてほしい。
・会場が広くなって良かった。子供のコーナーと区分しであったので良かった。
◎ステージ関係
・いい人を呼んでほしい。有名人でなくて良い。
・大抽選会の景品を粗品にしてほしい。
・催し物がマンネリ化している。
・演歌が良い。(前夜祭)
◎グルメゾーン ・グルメゾーンが早く終了しすぎ!
・グルメの価格を安くして!(オール100円にしてほしい)
・グルメの単価を安くしてほしい。
◎ちびっこゾーン等 ・木工教室の人数を増やしてほしい。
・子供を対象としたゲームの参加賞品(中国製)をもう少し実用的で長く使えるものに出来ないものか検討されたい。
・フリーマーケットを多く出店してほしい。
・子供の遊びがほしい。
・子供のゲームの100円が少し高いと思います。50円にしてほしい。
・子供たちが楽しんで良かった。
・子供主体で良い。
◎その他 ・会場内に段差があって歩きづらい。又会場で車椅子など借りる物があったら良い。
・関係者の人に感謝又関係者の方について各方面から見て良かった。
・今回、宣伝が少なかったのでは、看板も多めにして欲しい。
・県外にも(一宮市北方町)チラシを入れてほしい。
・又、来年も楽しみにしています。
・風船がもらえるから良かった。
・トイレをきれいにティシュペーパーを配って欲しい。
・10月よりも早くして下さい。
・中学生に合った店、催し物を多くして欲しい。
・川縁にロープを張って欲しい。危ない!
リバーサイドカーニバル2001 |
||||
抽選券回収状況の報告 |
||||
内容 |
|
本年度 |
前年度 |
比率 |
配布数 |
|
7200 |
8000 |
90.00% |
抽選応募数 |
|
1,041 |
1,480 |
70.34% |
地域別応募数 |
||||
町内 |
笠松 |
458 |
678 |
67.55% |
松枝 |
312 |
447 |
69.80% |
|
下葉栗 |
162 |
203 |
79.80% |
|
笠松町合計 |
932 |
1,328 |
70.18% |
|
郡内 |
岐南 |
11 |
|
|
柳津 |
4 |
|
|
|
川島 |
0 |
|
|
|
郡内合計 |
15 |
35 |
42.86% |
|
県内 |
岐阜市 |
31 |
|
|
羽島市 |
25 |
|
|
|
各務原市 |
3 |
|
|
|
その他 |
12 |
|
|
|
県内合計 |
71 |
96 |
73.96% |
|
県外 |
一宮市 |
15 |
|
|
木曽川町 |
3 |
|
|
|
その他 |
5 |
|
|
|
県外合計 |
23 |
21 |
109.52% |
これらの結果を考え、今後もこのイベントを続けていくのか、そうするならどのように行っていくのか。広域行政との絡み、町財政の効率的活用、町民の皆さんの意識等、考えなければならないことが沢山有ります。とにかくただ予算を使うだけのイベントではなく、笠松の新しい文化と成るような住民参加のものにできれば進める価値が、あると思います。
2001.11.10 笠松町商工会創立40周年
笠松町商工会創立40周年記念式典及び講演会が行われました。
記念式典では物故者黙祷の後、功労者の皆さんへの感謝状の贈呈が行われました。
引き続き記念講演として蓮舫さんによる「アジアの中の日本」というテーマでお話を聞きました。高速通信網の整備等、私の日頃主張していることと重なる部分が沢山有りました。
また、現在中国人研修生を受け入れて工場を運営している自分として考えさせられる事が有りました。物造りで生きてきた日本の戦いは、産業の空洞化との戦いであると痛感しています。
2001.10.24(水)〜10.26(金) 視察研修
平成13年度 笠松町議会民生建設常任委員会視察研修を行いましたので報告します。
1・研修期日 2001.10.24(水)〜10.26(金)
2・研修先 青森県
第1日目 野辺地町 http://www.jomon.ne.jp/~noheji/
町おこし政策
広域行政
環境衛生について
第2日目 大間町 http://hello.net.pref.aomori.jp/ooma/index.html
北通り総合文化センター
複合施設建設等による町づくり施作について
第3日目 十和田湖町 http://www.net.pref.aomori.jp/towadako/town/home.html
奥入瀬ろまんパーク
「アルカディアンタウン21」
十和田湖町ふるさと活性化公社事業
野辺地町
視 察 研 修 先 の 比 較 |
||||||
区分 |
笠松町 |
野辺地町 |
||||
住基人口(12.3.31) |
21,586人 |
16,430人 |
||||
国調人口(7年国調) |
21,682人 |
15,969人 |
||||
産業構造(7年国調) |
第1次 |
第2次 |
第3次 |
第1次 |
第2次 |
第3次 |
1.60% |
41.20% |
57.20% |
10.70% |
29.70% |
59.50% |
|
面積(11.10.1) |
10.36ku |
80.59ku |
||||
11 年 度 決 算 状 況(千円) |
||||||
歳入総額 |
7,264,100 |
6,006,406 |
||||
地方税 |
2,632,798 |
1,272,629 |
||||
地方譲与税 |
73,838 |
58,828 |
||||
地方特例交付金 |
84,935 |
31,763 |
||||
地方交付金 |
1,553,455 |
2,535,103 |
||||
使用料及び手数料 |
85,662 |
92,969 |
||||
国庫支出金 |
633,520 |
650,718 |
||||
都道府県支出金 |
303,263 |
453,243 |
||||
諸収入 |
44,286 |
188,670 |
||||
地方債 |
381,000 |
139,200 |
||||
その他 |
1,471,343 |
583,280 |
||||
歳出総額 |
6,938,419 |
5,948,516 |
||||
人件費 |
1,481,413 |
1,520,226 |
||||
物件費 |
1,003,948 |
744,007 |
||||
維持補修費 |
87,210 |
77,298 |
||||
扶助費 |
447,945 |
624,203 |
||||
補助費等 |
999,446 |
1,246,788 |
||||
投資的経費 |
1,678,527 |
482,207 |
||||
(内普通建設事業費) |
1,678,527 |
430,831 |
||||
公債費 |
203,486 |
583,028 |
||||
積立金 |
261,013 |
279,984 |
||||
繰出費 |
768,999 |
274,237 |
||||
その他 |
6,432 |
116,538 |
||||
歳入歳出差し引額 |
325,681 |
57,887 |
町おこし政策「こかぶ栽培」による町おこし
なぜ「こかぶ栽培」を選んだのか?
偏東風(やませ)と言う風の為、米を作付けしても3年に1度は、冷害にあい 長いも、ジャガイモ、加工用トマト、枝豆、インゲンなどを作ったが市場価格が安く外に産業もないので何とか現金収入を多くしたいと思い研究をした。こかぶは、夏は関東で作れないので東北の涼しい気候に合っていると思われた。昭和40年代半ば頃から10年ぐらいを掛け研究と農家の方の意識改革をした。そしてあまり機械化しないで人手を使うことで若い人から老人の方までそれぞれに仕事をしてもらえるようになった。
こかぶを少しいただきましたがとてもおいしかったです。今まで食べたかぶのどの感触とも違いちょっとしたショックでした。
環境衛生について
野辺地町、横浜町、六ヶ所村の三自治体で作る北部上北広域事務組合で作るクリーン・ピア・はまなすと言う施設の流動床式の塵芥焼却施設とリサイクルプラザ、野辺地町が行っている一般廃棄物最終処分場の説明を聞きました。
大間町
視 察 研 修 先 の 比 較 |
||||||
区分 |
笠松町 |
大間町 |
||||
住基人口(12.3.31) |
21,586人 |
6,959人 |
||||
国調人口(7年国調) |
21,682人 |
6,606人 |
||||
産業構造(7年国調) |
第1次 |
第2次 |
第3次 |
第1次 |
第2次 |
第3次 |
1.60% |
41.20% |
57.20% |
35.60% |
24.10% |
40.20% |
|
面積(11.10.1) |
10.36ku |
51.98ku |
||||
11 年 度 決 算 状 況(千円) |
||||||
歳入総額 |
7,264,100 |
4,004,847 |
||||
地方税 |
2,632,798 |
374,093 |
||||
地方譲与税 |
73,838 |
29,887 |
||||
地方特例交付金 |
84,935 |
10,532 |
||||
地方交付金 |
1,553,455 |
1,843,296 |
||||
使用料及び手数料 |
85,662 |
42,312 |
||||
国庫支出金 |
633,520 |
261,402 |
||||
都道府県支出金 |
303,263 |
229,505 |
||||
諸収入 |
44,286 |
619,682 |
||||
地方債 |
381,000 |
287,400 |
||||
その他 |
1,471,343 |
306,748 |
||||
歳出総額 |
6,938,419 |
3,932,704 |
||||
人件費 |
1,481,413 |
978,186 |
||||
物件費 |
1,003,948 |
657,371 |
||||
維持補修費 |
87,210 |
22,241 |
||||
扶助費 |
447,945 |
227,540 |
||||
補助費等 |
999,446 |
780,517 |
||||
投資的経費 |
1,678,527 |
479,083 |
||||
(内普通建設事業費) |
1,678,527 |
447,681 |
||||
公債費 |
203,486 |
472,643 |
||||
積立金 |
261,013 |
114,519 |
||||
繰出費 |
768,999 |
159,501 |
||||
その他 |
6,432 |
41,103 |
||||
歳入歳出差し引額 |
325,681 |
72,143 |
北通り総合文化センター「ウイング」複合施設建設等による町づくり施作について
大間町より頂いた資料により「ウイング」を紹介します。
北通り総合文化センター「ウイング」
大問原子力発電所立地を契機とする地域振興策の一環として建設された。原子力に関する
知識の普及、北通り3ケ町村「大問町、風間浦村、佐井村」の地域住民の文化、芸術、スポーツ
の振興と健康増進を目的とする多目的複合施設である
(1)名称
財団法人 下北北通り地域振興財団(平成9年4月1日設立)
(2)目的
大間原子力発電所の立地を契機として、大間町、佐井村及び風間浦村からなる北通り地域の住民に対し、原子力発電に関する知識の普及を図ると共に、北通り地域の活性化及び北通り住民の福利厚生を図ることにより、北通り地域の広域的な発展及び振興に寄与することを目的とする。
(3)事業内容
ア、原子力発電に関する知識の普及に資する資料等の展示に関する事業
イ、原子力発電に関する知識の普及の為の研修会等の開催に関する事業
ウ、北通り地域の活性化に資する講演会等の行事の開催に関する事業
工、北通り地域住民の余暇活動に資する利便の供与に関する事業
オ、前各号の事業の実施拠点となる施設の建設及べ運営に関する事業
カ、その他この法人の目的を達成する為に必要な事業
(4)財団の構成
○理事会(9名)
理事長 大間町長
副理事長 佐井村長
副理事長 風間浦村長
副理事長 電源開発(株)大間原子力建設準備事務所長
専務理事一般有識者から選任
理事大間町教育委員会教育長
理事性井村教育委員会教育長
理事風間浦村教育委員会教育長
理事電源開発(株)大間原子力建設準備事務所長代理
○監事(2名)
監事 大間町収入役
監事 電源開発(株)大間原子力建設準備事務所長代理
○評議員(12名)
北通り地域の文化、スポーツ芸術などで活動している方々。利用者の立場に立
って施設の有効利用を図り、二一ズを探り再来館を促す為の方策を提案して
頂く。
○運営協議会(12名)
3か町村企画調整課長
3か町村教育委員会社会教育課長
大間町原子力発電所対策室長
電源開発(株)総務課長、広報課長、立地課長
財団事務局
紹介しました記事に有りますように原子力発電所の立地による施設であり、それをまちづくりの根本に据えています。
しかしそれだけでは、なくNHKの連続ドラマ「わたしの青空」の舞台としてまた本州最北端の町で近海一本釣りのマグロの産地として観光にも力を入れています。青森空港からよりも函館からフェリーで100分と言うことを生かして函館観光とマグロで観光客を誘致し様と企画を立てています。
十和田湖町
視 察 研 修 先 の 比 較 |
||||||
区分 |
笠松町 |
十和田湖町 |
||||
住基人口(12.3.31) |
21,586人 |
6,243人 |
||||
国調人口(7年国調) |
21,682人 |
6,728人 |
||||
産業構造(7年国調) |
第1次 |
第2次 |
第3次 |
第1次 |
第2次 |
第3次 |
1.6% |
41.2% |
57.2% |
25.5% |
22.7% |
51.7% |
|
面積(11.10.1) |
10.36ku |
372.01ku |
||||
11 年 度 決 算 状 況(千円) |
||||||
歳入総額 |
7,264,100 |
6,180,857 |
||||
地方税 |
2,632,798 |
635,695 |
||||
地方譲与税 |
73,838 |
47,783 |
||||
地方特例交付金 |
84,935 |
10,084 |
||||
地方交付金 |
1,553,455 |
2,732,002 |
||||
使用料及び手数料 |
85,662 |
77,639 |
||||
国庫支出金 |
633,520 |
316,051 |
||||
都道府県支出金 |
303,263 |
815,022 |
||||
諸収入 |
44,286 |
158,491 |
||||
地方債 |
381,000 |
745,300 |
||||
その他 |
1,471,343 |
624,790 |
||||
歳出総額 |
6,938,419 |
5,983,294 |
||||
人件費 |
1,481,413 |
1,107,071 |
||||
物件費 |
1,003,948 |
501,359 |
||||
維持補修費 |
87,210 |
60,271 |
||||
扶助費 |
447,945 |
316,181 |
||||
補助費等 |
999,446 |
514,183 |
||||
投資的経費 |
1,678,527 |
1,786,210 |
||||
(内普通建設事業費) |
1,678,527 |
1,683,835 |
||||
公債費 |
203,486 |
831,900 |
||||
積立金 |
261,013 |
295,717 |
||||
繰出費 |
768,999 |
516,650 |
||||
その他 |
6,432 |
26,752 |
||||
歳入歳出差し引額 |
325,681 |
197,563 |
十和田湖町と(財)十和田湖町ふるさと活性化公社による「アルカディアンタウン21」構想の一環としての「道の駅 奥入瀬」 奥入瀬ろまんパーク事業について。
概要
奥入瀬ろまんパーク「道の駅奥入瀬」
町では、美しい奥入瀬渓流、神秘的な十和田湖、広大な八甲田山など、すばらしい自然資源を活かした21世紀へむけての町づくり構想「アルカディアンタウン十和田湖21」を平成5年3月に策定、平成5年度「若者定住促進等緊急プロジェクト」の事業採択を受け、就業の場拡大と若者定住に応える魅力ある町づくりを進めております。
「アルカディアンタウン十和田湖21」構想は、十和田湖町ならではの魅力あふれた「うるおい」と「にぎわい」をテーマに、町主要産業である観光と農畜林産業が結びついた、複合的な町づくりと若者定着をめざし、町内に7つのゾーンを設定、周辺景観を尊重しながら特徴を持たせ整備していく構想です。
「奥入瀬ろまんパーク」は、年間300万人以上の観光客が訪れる、十和田湖、奥入瀬、八甲田観光のメインルート国道102号沿いに位置し、本構想の主要ゾーンとし整傭を進め、平成7年4月11日建設省より「道の駅 奥入瀬」の登録を頂きました。
「アルカディアンタウン21」について
アルカディア アルカディアンとは、アルカディア風の。(ギリシャにある風光絶景の地)牧歌的な。田園風景的な。
アルカディアスピリット アルカディア精神(自分たちが街を替えようという意識)
美しいものを求めようとするギリシャ的精神。
総合的な地域振興
計画の目的は、総合的な地域の振興を期待するものである。それは2つの効果、社会効果(地域文化や社会への寄与)・経済効果(地域経済の活性化)を複合的に推進する事である。
すなわち、社会効果とは観光開発にともなって派生し地域生活に有益となる教育・文化・リクレーション機能や生活基盤(上下水道・交通・公園等)機能の充実を促進する。経済効果は観光開発の対象となる地域の所得の増大や雇用確保を推進する。
農業+観光が一体化した1.5・2・3次産業の形成
さらに、基幹産業である農業についたは、地域に適合できる製造業を中心とした農業・観光が一体化した1.5次産業を形成し、さらに2次・3次に波及させ、就労機会の創出と所得の向上を図る。
以上が事業の概要です。
またここでは、地ビール、アイスクリーム、飲むヨーグルト、牛肉などを販売しておりインターネットでも購入することが出来ます。特に飲むヨーグルトはとてもおいしいと思いました。地ビールは、ヴァイツェンが私は、気に入りました。
販売のサイトを紹介しますので一度覗いてみてください。下のほうが地ビールのサイトで
す。
http://www.infoaomori.ne.jp/OIRASE/a05/a05.html
http://www.infoaomori.ne.jp/OIRASE/a05/a05b.html
今回の視察研修では、下北半島の3つの町を訪れました。私は、個人的にも東北地方を訪れたのは、初めての事でこの地方の持つ、私たちの町とは違う空気を感じました。
それぞれの町には、それぞれの事情があり、それを生かそうと真剣に町づくりに取り組んでいました。笠松町は、普通に生活するには恵まれた環境にありそれが故にマイナス面を逆手に取ると言う開き直りをしなくてもよかったわけですが、これからは発想を柔軟に取り組んでいくことが大切だと思いました。
2001.11.05 笠松町福祉大会
第15回笠松町福祉大会が中央公民館大ホールにおいて開催されました。
福祉に功績の有った方に感謝状贈呈のあと笠松中学校の生徒による福祉体験発表がありました。
3年 岩崎はるか さん テーマ「介護保険と福祉について」
3年 村橋綾英 さん テーマ「みんなちがって みんないい〜バリアフーを求めて〜」
総会に於いて大会宣言が採択されました。
大会宣言
第15回笠松町社会福祉大会に参集した私たちは、次の事項に取り組むことを誓います。
1.保健・医療・教育との連携を図り、誰もが住み慣れた地域で健康でいきいきと暮ら
せる福祉のまちづくりの実現に努めます。
1.個人の選択のための社会福祉事業に関する情報提供、利用者保護のための権利擁護
事業の推進、質の高いサービスの提供に努めます。
1.ボランティア活動の振興や福祉教育を推進し、住民参加による地域に根ざしたやさ
しさと思いやりのあるまちづくりに努めます。
1.地域福祉の推進役となる社会福祉協議会の基盤強化に努めます。
平成13年11月4日
第15回笠松町社会福祉大会
記念講演として俳優であり、声優でもある 増岡 弘 氏による「サザエさん一家は幸せ見つけの達人ばかり」と題したお話を聞きました。
とても楽しく悲しく感嘆しました。増岡さんと言う方をとても身近に感じることが出来ました。
また会場で「ザ・男の料理教室」の案内を頂きましたので紹介します。
2001.11.04 笠松町美術展
第31回笠松町美術展が、中央公民館で開催されました。
500近い力作が揃い鑑賞する人たちをうならせていました。毎年の事ですが、私も作品の持つエネルギーに圧倒されます。
2001.11.04 岐南中学
岐南中学で「教育ステーション2001」と言う公開授業に参加してきました。
3年4組の生徒の皆さんと私の工場で研修中の中国から来た人たちとのふれあいをテーマにいろいろな話をしてきました。担任の田中先生のリードでスムーズに行うことが出来ました。研修生の人も始めは、少し緊張していましたが、生徒の皆さんの前向きな姿勢を感じ取ったようで安心して出来たと言っていました。中国に帰った時には、きっと日本の中学生と言えば一番最初に岐南中学の3年4組の皆さんを思い出すことと思います。
2001.11.01 笠松町遺族会秋季戦没者追悼法要
笠松西別院に於いて笠松町遺族会秋季戦没者追悼法要が行われました。戦後56年を過ぎご遺族の方も90歳を越す方がおられます。先の大戦では、笠松町だけでも452名もの方々の戦没者になります。このことは、決して忘れては、いけないと思います。そしてまたひとつ戦争がはじまりました・・・
2001.11.01 コスモス畑
とても素敵なコスモス畑を見つけましたので紹介します。
それは、海部郡美和町の役場の裏にあります。とにかくとても広く良い香りがします。写真では、なかなか伝えられませんので、是非見に行ってください。
場所は、尾張中央道を南下して丹波の交差点を左に(東)行くと左側に美和町役場があります。それを過ぎたら最初の交差点を左に(北)300m位行くと左奥に見えてきます。
あたり一面は、美和町所有の土地だそうです。
2001.10.29 濃尾大震災
2001年10月9日(火)〜12月9日(日)の期間、笠松町歴史民族資料館において企画展「濃尾大震災・明治24年10月28日6時37分・そのとき笠松は・・・」と題した展示が、させています。
笠松町の99パーセントが火の海になった様子が写真、錦絵、文献、や実際に焼け焦げた法伝寺山門の一部であったり、十六銀行の金庫の中で解けて塊になった硬貨などそのすごさを物語る充分な資料の展示となっています。是非時間を作って見てください。
2001.10.20〜21 リバーサイドカーニバル
今回で10周年を迎えました、リバーサイドカーニバル2001が行われ大変沢山の皆さんに参加して頂き盛大に行われました。ここでは、日頃あまり紹介されないサポーターの方々の仕事ぶりを写真で紹介します。
写真に写っています行灯の存在に気が付いていましたか。とても情緒が有っていいとなかなかの評判でした。こんな行灯でみなと公園をいっぱいにしたらとてもステキだと思いませんか。お考えをお聞かせください。
2001.10.17 老人レクレーション大会
笠松町の各町内の老人会対抗のゲーム大会が、雨の中行われました。
外は、冷たい雨でしたが、町民体育館の中では、皆さんの黄色い?歓声に沸いていました。
2001.10.14 第十二回花柳之波津舞踊会
第十二回花柳之波津舞踊会が中央公民館三階大ホールにおいて開催されましたので見てきました。今までこのような舞踊会を見に行く機会があまりなかったのでとても新鮮でした。
また、とても艶やかな踊りを拝見しました。時間がなかった為、最後まで見ることができませんでした。
ここに花柳之波津先生の番組表の中でのご挨拶を掲載し、紹介に変えさせて頂きます。
山の木々が美しく色づく秋になりました。
皆様方には御清祥にお過ごしのこととお慶び申し上げます。
この度、多くの方々のお力添えをいただいて十二回目の舞踊会を
催すことができ、誠に嬉しく存じます。
出演者一同、一生懸命舞台をつとめさせていただきます。
最後までごゆっくりご高覧くださいませ。
昨秋、波之臣門下・高橋知里が家元様より花柳波知臣の名を
許されましたので、皆様にご披露させていただきます。私共
同様、ご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。
2001.10.07町民大運動会
第50回記念笠松町民大運動会が晴天の下盛大に行われました。
2001.9.23 笠松町防災訓練が、行われました。
町民と防災関係機関、ライフライン関係の企業等、全町一体となった訓練が、秋晴れのした、行われました。私の住んでいます田代中町内会においては、町内の役員の皆さんや、消防団の皆さんの協力により消火器使用の訓練と炊き出し訓練が行われ沢山の町内の皆さんが参加され大変良い訓練になりました。さらにその後中央会場に移り電気、ガス、電話の復旧訓練の見学の後、岐阜県防災ヘリコプター「若鮎T」による救助訓練が行われました。
ここで、防災関係のホームページを紹介します。
●日本防災協会
< http://www.jfra.or.jp/ >
●新宿区防災課「ぼうさい新宿」
< http://www.city.shinjuku.tokyo.jp/bousai/ >
●防災気象情報サービス (tenki.jp)
<http://tenki.or.jp/>
●防災OnLineハンドブック
<http://www.city.yokohama.jp/me/bousai/BOUSAI-H/>
●国土交通省 【 川の防災情報 】
<http://www.river.go.jp/>
2001.9.13 平成13年度敬老会 年齢88歳以上
2001.9.14 平成13年度敬老のつどい 年齢75歳以上
敬老会については、「吹原」において全町より皆さんが集まりました.
敬老のつどいは、笠松「中央公民館」・松枝「松枝保育所」・下葉栗「下葉栗保育所」の三箇所で元気に行われなした.
平成13年8月27日現在の該当者数は、以下のようです。
地域別 | 笠松地域 | 松枝地域 | 下葉栗地域 | 合計 |
男 | 317人 | 178人 | 115人 | 610人 |
女 | 830人 | 284人 | 173人 | 970人 |
合計 | 513人 | 462人 | 288人 | 1580人 |
最高年齢者は、男性は田代にお住まいの方で99歳、女性は江川にお住まいの105歳です。
また、笠松町の平成13年9月1日現在の人口は、男10702人、女11397人、合計は、22099人です。それぞれの高齢者(75歳以上の方)の割合は、男5.7%、女8.5パーセント、合計で7.15パーセントになります。
高齢化社会は、益々進んでいきます、元気に安心して暮らしていける笠松町にする為には、どうしたら良いか何かお考えのある方は、是非お知らせください。
2001.9.8 13:30〜16:00 笠松中央公民館 集会室
わいわいフォーラムU 「私たちのみなと公園」と題して大変興味深い話し合いがありましたので私も参加してきました。先ずこのフォーラムの目的とパネリストの皆さんを紹介します。
ごあいさつ
私たちの住む笠松町は、古<からの歴史や豊かな自然に恵まれ、交通の便利な良い環境にありながら、やや沈滞した雰囲気に覆われているように見受けられます。
それでこの雰囲気を乗り越え活気ある町にするために、お互いに知恵を出し合いませんか。とくに今回は笠松町にとって千載一遇のチャンスである、みなと公園について語り合いたいと思います。みなと公園はふるさと活性化の起爆剤だと思います。どなたも一言ご発言をお願いします。
笠松町文化協会
パネリストの皆さんのプロフィールを紹介します。
★阪田大蔵さん
1952年 生まれ。京都大学大学院修了。
1978年 岐阜県入庁、以来基盤整備行政に従事。
2001年 4月より笠松町技監、現在に至る。 岐阜市在住。
★可児幸彦さん
1945年生まれ。県立岐阜商業卒、父死去匡よりフジ写真館を継ぐ。
1975年 近藤龍夫・誠宏父子に師事、創作活動開始、
フジフォトコンテスト グランプリ賞、国際写真サロンなど入賞多数。
わが町笠松、写真集かさまつ百年等の著書あり。
全日本写真連盟中部本部委員、岐阜市美術展審査員、木曽川を愛する会副会長、
笠松町文化協会理事。 笠松町下本町在住。
★西村貢さん
1953年 生まれ。京部大学大学院経済学研究科博士課程修了。
岐阜大学地域科学部教授。專門分野は財政論など。
ぎふまちづくりセンター理事長、岐阜県NPO検討委員会委員、岐阜市都市計画審議会委員など。
一宮市在住。
★加藤司郎さん
1937年生まれ。岐阜大学学芸学部数学科卒。
岐阜県教育委員会(羽島市派遣)、中央中学校初代校長を経て、羽島市地域振興公社常務理事兼羽島文化センター館長。
現在岐阜県子育て推進企画運営委員、羽島市教育支援センター総合アドバイザー。
笠松町県町在住。
加藤司郎さんがコーディネーターになり始めに笠松町技監の阪田大蔵さんがみなと公園の構想、基本としての考え方、各パーツの紹介と説明をしました。
次に、可児幸彦さんによる「わたくしの願うみなと公園」と題して古き良き時代の写真を見せて頂きながらみなと公園に残したいもの、みなと公園に作りたいものの提言を聞きました。
そして西村貢さんには、まちづくりで考えることとして提言をしていただきました。
要点をまとめますと笠松がなぜ湊で繁栄していたか、それは、笠松が笠松として閉じていなかったと言う事、湊を使って物流を使って常に開かれた状態であったと言うこと、地域のあり方とは、広域全体を見回して自分たちの位置を決めることが大切である。笠松の地理的条件を理解し、十分に生かすことが大切である。
みなと公園については、見られることを意識すること、つまり平日木曽川橋の上からや、名鉄電車の中から見ながら通勤している人たちが沢山いる、その人たちが休日に子供や、奥さんたちを連れてきたくなるようなものを作ってみてはどうかと言う提案を頂きました。
町民の皆さんからも色々な質問や、提言を頂き最後にコーディネーターである加藤司郎さんの以下のようなまとめで終わりました。
1・行政と住民が共に進んでいくんだと言う認識が大切である。
2・先人たちの切り開いてきた歴史と治水に充分な配慮が必要である。
3・残す文化も大切であるが、これから築き上げる文化にも目を向ける必要がある。
4・日常が大切である。日常に使えるものでなければならない。
2001.9.15 13:30〜15:00 笠松中央公民館
笠松町歴史民族資料館の主催による講演会「明治初期における小学校の開業と展開」が行われましたので行ってきました。
講師の方のプロフィールをご紹介します。
プロフィール
講師 氏
昭和 32 年 岐阜郡上郡八幡町生まれ
昭和 55 年 3 月 岐阜大学教育学部史学科卒業 (専攻 日本中世史)
昭和 55 年 4 月 不破郡垂井町立表佐小学校赴任(3年間)
昭和 58 年 4 月 各務原市立各務小学校赴任 (3年間)
昭和 61 年 4 月 岐阜市立長良東小学校
(7年間)
平成 5 年 4 月 岐阜市立長森西小学校
(3年間)
平成 8 年 4 月 岐阜県歴史資料館 資料課職員となる
教育史編集担当となり、現在に至る
この間、平成10年12月に「岐阜県教育史」史料編近代一を発刊 現在は、平成14年度刊行予定の通史編近代一を編集中
市町村史の分担執筆 「各務原市史」民族編・「新修 垂井町史」通史編
「新修 関市」民族編など
明治初期における小学校の開業と展開
平成13年9月15目
於笠松町中央公民館
岐阜県歴史資料館
蓑島一美
はじめに
明治政府が「学制」を施行してから130年になる。よく教育は「国家百年の大計」と言われるが、近代学校教育制度の成立・展開は、学閥・芸術・文化・スポーツなどあらゆる分野において有能な人材を輩出し、近代国家日本の発展に大きな役割を果たしてきた。
今肩、社会情勢の変化により学校そのものの存在・使命が間われようとしている(例児童・生徒の様相の変化、ドメスティック・バイオレンス、少子化問題など)。教育改革が今後進められていくとき、教育制度の創始となる「学制期」に視点を当てて、学校教育の実情、地域社会の協力・期待などを見直してみることは、意義があるのではないだろうか。
中にとても興味があることを お話されたので資料に出ていたその部分を書き出してみました。
小学校設立の動き(大垣と笠松、どちらが先か)
明治5年庶務課目記に見られる学校設立の動きは次のとおりである(出典岐阜県歴史資料館所蔵「明治期岐阜県庁事務文書」)。
九月二日 晴
一 大垣仮学校開校之義、教師大橋重紀へ御申渡相成
九月九日 晴
一 明日佐野少属、大垣仮学校書籍其外為受取出張之筈決定
九月十二日 晴
一 大壇仮学校締方之義、戸長鈴木徹へ申付
九月廿三日 晴
一 笠松惣年寄始数名学校設立之義願出、御聞届之事
十月廿九日 晴
一 郡上郡八幡町貫属町方并近村申合、義校取立之義願済
十一月二日 晴
一大垣小学設立之義、願出
十一月九目 (天候記入ナシ)
一 武儀郡上ノ保村雲光院廃寺願并同村小学校取立願相済
一 羽栗郡笠松村小学校取立願済
十一月十一日 晴
一 休暇 笠松小学校開校
十一月十三日 晴
一 東京府貫属士族柴田長川岐阜地二於て開地、学校開業之義願出
十一月廿一日 晴
一 本日大垣仮小学開校
学制施行以後、県内で小学校設立の動きを見せたのは、大垣・笠松・郡上郡八幡町など旧藩庁や陣屋があった「政治の中心地」であった。特に大垣と笠松は開業の届け出が早く、11月開校を実現させている。笠松としては、県庁がある村として他に先駆ける必要があったのかもしれない。
ちなみに郡上郡八幡町が「義校」という言葉を用いているが、これは名古屋県(今の愛知県)の学校設立方法を模倣したと思われる。名古屋県は、明治4年10月の段階で民衆の醵出金に基づく教育施設を「義校」と称していた。すなわち官費に頼らない「私学」の開業をめざしたのである。岐阜県の場合も、「その土地有志有力者からの寄付金、校下戸別・高別による割賦金、生徒受業料」をもって小学校を設けることを方針とした(『括弧岐阜県教育史』史料編近代一 史料88参照)。
笠松村・徳岡新田・田代村から成る「育英義校結社」は、明治5年11月に岐阜県へ開業願書を提
出している(『岐阜県史』史料紀近代五 史料98参照)。設置場所・教員・教則は次のように予定されていた。
設置場所一笠松村東本願寺掛所・瑞応寺
教員一広江永次(士族・算術・61歳) 高橋隆三(平民・英学兼医術・28歳)
角田操四郎(平民・支那学・22歳) 山田嘉兵衛(平民・59歳)
馬渕徳太郎(平民・筆学・20歳)
教則一「総テ文部省小学教則二奉準シ、実際経験之上、地方之適宜斟酌スヘキ事」とし、変則
小学の体裁であった。
ところが、正式の認可は翌6年2月まで待たなければならなかった。『県史』の史料98によれば、「乍恐御届奉申上條 当所私学校側差許二相成、難有奉存侯、依而明廿一日開校仕度奉存侯間、此殿御届奉申上侯、已上明治六年二月」とあり、認可後の開校が2月21目と依っている。また県が村から差し出された開業願書を集めて、その認可を文部省へ伺うようになったのは、別添資料のように明治6年2月9目からである(笠松村もこの中に含まれる)。したがって、5年11月に提出された笠松村の小学義校開業願書は何らかの不備があったため、差し戻されたと見るのが合理的と思われる。
一方、大垣の小学義校開業願書は、笠松よりも先に文部省へ提出された。
これを聞いていると 明治の笠松の人たちのものすごい力と言うか、気迫を感じました。
現代の笠松の人たちに思い出してもらえるといいなと思いました。
平成13年9月10日
田代住宅跡地が整地されてとりあえず広場として町民のみなさまに解放されることになりました。
その後、何が出来るかは何も決まっていませんが、決定するまでの間は広場として自由に活用してください。
パソコン
2001.8.30笠松町の3小学校にインターネットに接続できる新しいパソコンが導入されました。
機種は、以下のようです。
サーバー 6866TX-6
教師用パソコン FMV-6866SL7
生徒用パソコン FMV-6766ML7c
カラーレーザープリンター LP-8300C
生徒用パソコン主な本体仕様
CPU Intel
Celeron TM 766MHz
キャシュメモリー 1次 32KB、2次128
KB
メインメモリ 標準64MB 64bit SDRAM(100MHz)
ハードディスク 標準20.4GB(IDE)
フロッピーディスク 3.5インチ(3モード対応)
CD-ROM 最大40倍速
プロバイダー アレスネット (AP 岐阜市内)
情報教育とは、どれで教えると言うよりも、どう教えると言う方が大切だと思います。
自由に開かれたインターネットの世界にある情報を発信する自己責任と受けと取る自己責任を明確に教えることだと思います。出てくる情報のすべてが正しいわけではなく、もしかすると人をだましたり危険を与えたりする情報が紛れ込んでいるかも知れないと言う事、又、自分が何気なく発信した情報によって誰かが傷ついたりすると言うことをしっかり教えなくてはなりません。そしてそれは、自己責任だということもです。
元気なふるさとITADORI2001夏まつり
2001.8.25笠松町イベントサポーターによる研修で「元気なふるさとITADORI2001夏まつり」に行って来ました。
昼には、2001世界選手権バイクトライアル最終戦日本大会・板取が行われそこに参加している選手などを招待して濃洲板取むら踊り、板取株杉太鼓、板取株杉太鼓とシンセサイザーの競演、レーザー&シンセサイザーショウーなどを見学しました。
特にレーザー&シンセサイザーショウーは、リバーサイドカーニバルにも参考になる内容と思いました。
今年のリバーサイドカーニバルは、10周年になります。次の10年に向けた、新しい一歩を踏み出せるよう笠松町イベントサポーター皆でがんばっていますので是非ご期待ください。
かさまつ川祭り
2001.8.16今年もかさまつ川祭りが8月15日に行われました。雨に見舞われ開催をあやぶまれる状態でしたがどうにか無事開催できました。雨に追われた為かなりはしょって花火を上げた為にそれが功をそうしたのかかえって迫力があったと言う声も・・・・?
翌朝今年も町民ボランティアによる清掃が行われました。今年は、昨年よりたくさんの方に参加して頂いた様でとても早く終了しました。早朝よりご苦労様でした。
明治からの教育文化史
2001.8.9笠松町歴史民族資料館で行われました、「明治からの教育文化史」(7/24〜9/16まで)を見てきました。
昭和初期の教室の再現、教育関係の歴史、明治からの教科書、寺子屋時代の手習い机・文箱、子供の遊びなど貴重な資料が展示され見ごたえのある内容でした、今後の企画展に期待しております。
かさまつまちづくりイベントサポーター会議
2001.7.27第5回かさまつまちづくりイベントサポーター会議がおこなわれ今年で10周年を迎えるリバーサイドカーニバルの企画について会議を行いました。
今年のテーマ「時代(とき)を越えて」、キャチフレーズ「川湊からの発進」が決まっていましたので、それに合わせてこれから10年先を見つめみんなで作り上げていくものにしたと言う意見により古くから祭りなどで使われていて川面にゆれる光がとても優雅で美しい行灯を題材にできないかと言うことで私なりに考え、ネットで探しましたらなかなかの物が見つかりましたので、提案しました。町民の皆さんにたくさん作って頂いてかさまつみなと公園を飾ったらとてもきれいで素敵だと思います。また、秋の夜のイベントとして落ち着いたものになると思います。写真を載せますのでご意見ご希望は、なんでもお聞かせください。
ファミリーコンサート
2001.6.30平成13年度家庭教育講座シリーズ2としてファミリーコンサートが開催さ
れました。猿渡泰幸カルテット&メリーの出演で、A列車で行こう、スタンドバイミー、フ
ァーストラブ、明日があるなど子供から年配の方までとても楽しく過ごすことが出来まし
た。私も家族全員でとても楽しく拝聴しました、子供たちも大喜びでした。
また、今回は、演奏が、舞台の上ではなく観客と同じフロアーで行われましたので、
演奏者との距離がとても近く迫力があり本物のジャズ演奏が堪能できました。次回の開催
を楽しみにしています。
出演者のプロフィールを乗せておきますのでどこかで目にする事が有りましたら興味を持
って見て下さい。
猿渡泰幸 (ドラム)
県立岐阜商業高校在学中にJazzと出会い、Jazzドラマーを目指す。ジョージ大塚を師として中部圏のJazzクラブで活動後、フリーのJazzドラマーとして内外の有名ミュージシャンと共演して実カをつけた。2回渡米しNYのブルーノート等に出演。現在中部・西日本を中心に自己のパンド及びセッシヨンミュージシャンとして活躍中。
北川弘幸(ウッドベース)
大学時代にジャズのサークルにぺ一スプレーヤーとして在籍し、名古屋市内のライブハウフに出演した。1976年第1回TBMジセブグランプリに決勝まで残る。大学卒業後、岐阜のJAZZ
IN MAMOの専属となりプロとなる。
1986年フリーとなり、活躍の場を名古屋に移し、多<のトツブプし一セーと共演してきた。
YAMAHAミューズクラブの講師もつとめる。
後藤浩二(ピアノ)
4腕よりクラシックピアノの英才教育を受けたが、大学入学と同時にジャズビアノに傾倒する。大学在学中より、名古屋市内のライブハウフを中心に演奏活団を開始。内外の有名プレーヤーと共演するなど幅広<活躍している。
華麗なテクニックをもち、オーソドックスなフタイルから、コンテンポラリーなものまでこなす。
小林美千代(サックス)
県立千種高校吹奏桑部でアルトサックスを始める。金城学院大学ではジャズ研でアルトサックスを吹<。大学卒業後ジャズヘの情熱を捨てきれず、多<のレッスンを受けた後、1999年夏より本格的に演奏活コを開始。名古屋のライブハウフを中心に神戸・大阪にも活動籔囲を広げ、自己のカルテットや、様々なセッションで活躍中。
Mellie(ボーカル)
オールディーズ、ポピュラー、ジャズなど幅広いジャンルで大活躍中の歌手メリー。
その持ち前の明るさとセクシーな歌は、各地で圧倒的な人気を博している。TV、ラジオのコマーシャルソングをはじめ、文化祭、名古屋城での「ジャズイン名城」5年違続出漬、ディナーショー等に大忙しだが、最近では祖国フィリピンの埋もれた歌をコンサートで紹介するなど、聞き手の胸に強<迫る表現力は、益々説得力を持つようになってきた。
町内会長会議
2001.6.27町内会長会議が開催されました。
会議内容については、以下の通りです。
1 ごみの現状及び紙製容器包装分別収集について。
2 川の駅構想について
3 羽島用水パイプライン化に伴なう上部利用について。
各項目とも活発な意見交換が行われました。
木版画展
2001.6.21笠松町歴史民族資料館で展示されました森秀男氏制作による木版画展を見てきました。
とてもすばらしいものでこういったものをディジタルアーカイブ化して残しておきたいと思いました。森さんも皆さんに使っていただきたいと言っておられました。
議員総会
2001.6.13第45回羽島郡町村議会議員総会が行われはした。岐阜羽島の夢と題し中小企業団体中央会 会長 辻 正様の講演が行われました。講演要旨につきましては、下記に示す通りです。
私は30年前、柳津町岐阜流通センターの建設に参画しましたが、その時から羽島地域の将来について希望を持ってまいりました。
私の関係業界でありますIT産業について申しあげれば、大垣ソフトピアジャパン、各務原VRテクノジャパン両拠点
のクロスポイントにあるのが羽島郡であり、最近岐阜県が目指しますスイートバレー構想の中心帯でもあります。
又、地政学的に申しましても、岐阜市と羽島市・羽島郡は、新世紀には新しい結合を考えるべき時ではないかと思います。ぜひ時の動きをタイミングよく掴み、国内・国際のスケールで夢のある地域発展をお願いしたい。
2001.6.10
地方自治研究会による合併問題研究会があり私も参加してきました。
色々な話を聞いて私なりの考えをまとめてみます。
現在政府は、市町村合併を推し進めようとしています。これは、現在の市町村の枠組みに不合理な所があったり、債務超過にて財政破綻をしている地方自治体を自立させ、国家財政の援助を不必要にする為のものとも考えられます。
これをこのまま推し進めれば、必ず住民に大きな負担をかける事になります。また、どんなに不合理であろうと現在まで刻んできた各自治体の歴史やそこで生活してきた人々の感情を無視した、机上の理論による合併は、止めるべきだと思います。
しかし合併する各自治体が「合併してどうなるより合併してどうしたい」と言うことを真剣に議論し住民にすべてを公開し充分なコンセンサスを得られるようにしたうえに合併の利点の為に生まれる不合理を納得できるかを長い時間をかけて考えなければなりません。
一つの考え方として先ずは、「広域連合」を形成してお互いに話し合いをしながら、合理化できるところは、合理化して最終的には、住民投票にかけることも考えられます。
笠松清流太鼓
2001.6.10 2001.6.24
「創作太鼓 笠松清流太鼓」と言うものがあります。笠松町民の皆さんならご存知と思いますが、発足の趣旨や歴史については、下記の様になっております。また2001.6.24には、初めての発表会が行われました。なかなかの迫力で驚いてしまいました。お問い合わせは、笠松町商工会までお願いします。http://www.kasamatsu.or.jp/
わたしたちは、笠松町に太鼓がほしいという地域住民の熱い思いと、熱意から、
木曽川と、その自然、歴史、人情をうたいあげようと、平成5年4月に笠松清流太
鼓を発足させました。
さらに、この太鼓を笠松町の伝統芸能文化に育て、併せて太鼓を通じてまち
づくりの一役を担う趣旨の基に、平成8年12月に「笠松清流太鼓後援会」が発足
し今年で5年目を迎えたところであります。
その間、笠松町内の地域イベントはもちろんのこと、町外からも多くの出演依頼を
いただき実力をつけてきました。
今回の発表会は、わたしたちが青で伝える心のメッセージを、地域のみなさまに感
じていただく絶好の機会です。ご家族お揃いでご来場いただきたく、ご案内申しあげ
ます。
日時 平成13年6月24日(日) 午前10時30分より
会場 笠松中学校体育館
主催 笠松清流太鼓・笠松清流太鼓後援会
後援 笠松町・笠松町議会・笠松町町内会連合会・笠松町商工会・笠松町社会福祉協議会・笠松町文化協会・羽島郡四町教育委員会
協力 創造集団「DO」
料金 無料
2001.6.10平成13年度日本糖尿病協会岐阜県支部総会がサンピア岐阜で行われました。
そこでも笠松清流太鼓が演奏を行い大変好評を得ました。
イベント実行委員会 2001.3.16
町民の皆さんの中から参加の意思がある方に集まって頂きまちづくりイベントサポーターになって頂きます。役割は以下のようなものです。
かさまつまちづくりイベントサポーターの役割について
1 設置目的
かさまつまちづくりイベントをより楽しくするため、いろいろな人の二一ズをつかみ、そして効果的に反映できるように、イベントプロデュース中心に、また、当日は運営スタッフとして当実行委員会を支援するイベントサポーターを設置します。
2. 依頼事項
かさまつまちづくりイペントヘの提言、企画立案を依頼し、サポーター内に総務・企画・広報の各委員を設立し、担当による当イベントのプロデュース・運営に積極的に参加することを依頼します。
3 構成
メンバーはいろいろな地域・職業・年齢層より30名程度としますが、上限は設けません。
4 提言・企画立案の処理
提言・企画立案はサポーター会議にて皆さんで検討した後に、当イベント実行委員会に報告し、サポーター意見として尊重し、イベントにほぼ反映させています。
5 運営
サポーター会議を月1回程度、また各委員は必要に応じて打合せ・会議を行い;各構成団体事務局と連絡調整を図りながら運営します。なお、活動はボランティアとしますが資料収集等に係る経費やその他必要な援助はします。
6 .依頼期間
チームメンバーの任期は、サポートするイベント終了時までとします。今年は28名の方を任命し、リバーサイドカーニバル2001の企画を考えて頂きます。
その会議の1回目が行われました。私もイベントの成り立ちを勉強する為に参加させて頂きました。
笠松中学校卒業式 2001.3.9 松枝小学校卒業式 2001.3.23
初めて来賓として卒業式を拝見させていただきました。
卒業式にある、未来にある期待と不安、今まで慣れ親しんできた時間、場所、人と別れていく事への悲しみと思い出の多さを思うとき自分が歩いてきた道を振り向かずには、いられません。
両校ともとてもすばらしい卒業式でした。きっと生涯忘れることは、ないと思います。
私もこうした機会を頂けた事を感謝いたします。
成人式 2001.1.8
笠松町主催による成人式が行われました。
昨今のニュースでいろいろ問題を投げかけている成人式ですが、当笠松町につきましては、式典も大変厳粛に行われ成人式にふさわしい雰囲気の中、新成人代表2名によるメンデルスゾーンのピアノとすばらしい歌唱が披露されました。
もちつき 2001.1.1
新年を祝い穴太部神社に於いてもちつきが行われました。
初詣にこられた皆さんにつきたてのお餅であべかわ餅やぜんざいなどが振舞われました。町内会長さんをはじめ町内会の皆さんのご尽力に感謝いたします。